

創業1903年。機帆船の運航から出発した神原汽船の歴史は、日本の近代海運業の歴史でもある。
「もともとは、九州/阪神、北海道/京浜間等内航石炭輸送をしていましたが、1967年から外航輸送に乗り出しました。さらに1994年、日本の地方港と中国の主要港をダイレクトに結ぶ定期コンテナ航路を開設したのです」と、常務取締役宮崎裕司氏。
姉妹会社として常石造船を興し、時代のニーズに合った船型を開発・建造してきたことも神原汽船の競争力の原動力となった。現在では、外航船16隻を含めて計17隻、約49万載貨重量トンを支配し、自社での不定期航路・定期航路運航をはじめ、他社への傭船提供や運航管理業務も行っている。
日中の定期航路としては、国内の九州、瀬戸内から境港、富山、新潟、北海道までの13の地方港と、上海、大連、青島、新港、厦門などの中国主要港や長江流域の港をつなぐ、国内最大級の日中ネットワーク網を確立している。
「日中航路は毎年10〜15%ずつ需要が伸びていますが、一方で、中国や韓国の船会社との競争も熾烈です。競争に勝ち残っていくためには、海外のライバル船会社以上のサービスを提供することがとても重要になっています」と、定期船部 定期船課 管理チーム課長代理 段上真一氏は説明する。
日中定期航路は、開始から8年ほども経つと、貨物量が増加し、売上管理に支障が生じてきた。
海上輸送はB/L(Bill of Lading)と呼ばれる貨物の船荷証券を発行して行うが、1航海を1枚のB/Lで管理できる不定期船とは異なり、定期コンテナ船では積載貨物のB/L単位での運賃管理が不可欠である。
しかし当時のオフコンを使った財務・会計システムは、B/Lごとに管理するという発想がなかった。そこで、B/Lの詳細情報は営業担当者個人が管理し、財務・会計システムには集計結果をまとめて入力していた。
船積情報とコンテナ情報が連携しておらず、B/Lから会計システムへの運賃情報も連携していない。入力作業は二重三重に必要であったうえに、財務部で売上を把握するのに時間がかかっていた。
「特に悩みの種は、入金の消し込み処理が手作業であったこと。決算のたびに、B/L単位での未収金を発見するのに大変な手間と時間をかけていました」と宮崎氏は語る。

定期コンテナ船管理システムの自社開発を始めたのは2002年のことだ。
「日本の海運ビッグ3が作ったシステムは存在しましたが、業務規模と形態が合いません。運んでいる途中で運賃を変更するといった事態にも対応できるような、小回りのきくシステムを自分で作るしかありませんでした」と宮崎氏は言う。
「intra-martを採用したのは、船積書類に記載する情報とB/L単位での売上を日中の代理店に入力してもらい、この情報を営業から財務まで一気通貫で利用しようというビジネスの流れを計画したからです。国内外で数多くの拠点にデータ入力してもらう環境を提供するには、メンテナンスの必要がないWebシステムが最適です。そして2002年当時、Webシステムを低コストで短期開発できる手段は、intra-martのほかにありませんでした」と段上氏は語る。
システム完成後のカスタマイズが容易にできること、開発者を確保しやすいこと、ベースモジュールがJavaスクリプトであるため、ページベース開発で生産性を高められることなども評価ポイントとなった。
「船舶代理店というのは市街地から離れた港湾施設のそのまた端のほうにあったりしますから、インターネット環境を確保するのに大変苦労することもあり、Webシステムを導入することには相当な決断を必要としました。 けれども今では、中国でもWebシステムがあたりまえです。2002年時点で、Webシステムを選択しておいてよかったとつくづく思います」と宮崎氏は語る。
平成19年1月にツネイシホールディングス株式会社が設立され、常石造船株式会社は常石造船カンパニーに、神原汽船株式会社は神原汽船カンパニーに組織名が変更になりました。
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