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金融事業部から生まれた新規事業―農産物直売所の販売に「新たな付加価値」をもたらし、生産者の所得向上に貢献するサービス

 | インタビュー

目の前の課題に向き合い、解決のためのアイディアを探り、形にするべく事業化の道筋をつけていく。新規事業の立ち上げにはひらめきも行動力も、豊富な知見を集める力も求められ、一朝一夕には成しがたいものです。

今回は、金融事業部から畑違いの農業ビジネスを立ち上げたNTTデータ関西 金融事業部 課長の太田、同じく課長の木村にインタビューしました。2人が手掛ける新規事業は農産物直売所に特化した需要予測サービス「アグリアスエ」。客数予測に基づいて、農産物の販売見込数量を最適化することにより、早期の売り切れと売れ残り(食品ロス)の両方を防止する注目のサービスです。そのユニークな新規事業はどこから生み出され、形になっていったのか、詳しく聞きました。

プロフィール

太田 順久(おおた よしひさ)

株式会社NTTデータ関西 金融事業部 第一金融担当課長。JA兵庫グループ向けシステム開発の営業責任者を務める傍ら、農産物直売所に特化した需要予測サービス「アグリアスエ」のプロジェクトを主導。

木村 晋隆(きむら くにたか)

株式会社NTTデータ関西 金融事業部 第一金融担当課長。金融機関向けのシステム開発に携わってきており、今回は「アグリアスエ」の企画およびプロジェクトマネージャー兼AIアプリ開発を担当。

金融事業部の2人が始めた新規事業は「食農分野への貢献」

お2人は金融事業部のご所属だそうですが、なぜ食農分野で新規事業を立ち上げることになったのですか?

太田:もともと私たちが兵庫県を中心としたJAグループ様とお取引させていただいていたことがきっかけです。中長期の事業計画を検討されていく中で、私たちからもこれまでにない新たな打ち手をご提案できないかと考えるうちに「金融だけではなく、JA様の基盤である『農業』にこそ、新たな可能性があるのではないか」と気づいたのです。それまで社内でも本格的に参入していなかった領域でしたが、手を挙げて「農業のマーケットにチャレンジさせてください」と宣言しました。

木村:私は金融機関向けのシステム開発に多く携わってきました。最初は太田から相談を受ける形で、JAバンク兵庫様の営業支援システムの開発を担当しました。その後、太田と「日本の農業の喫緊の社会課題にぜひ取り組むべきだ」というところで共鳴し、このチャレンジをスタートしました。

お2人が着目した「日本の農業の喫緊の社会課題」とはどのようなものなのでしょうか。

太田:日本の農業は課題が山積していてキリがないほどなのですが、私たちとしてはその中の1つとしてまず「生産者様の所得向上」に貢献できないかと考えました。なぜなら、担い手不足が様々な課題に繋がる大きな要因の一つであるからです。そして目を向けたのは、川上にあたる「生産」ではなく、川下の「販売」でした。

木村:10年~20年前のIT活用は、例えば通販だと「FAXで注文していたものをネットショップに置き換える」、という言わば、コストカットのための取組みが主流だった認識です。また、他方で農業におけるIT活用に目を向けた場合、「衛星通信・画像認識を使ってトラクターを自動運転させる」、「水田の水位をIT技術で管理する」というような「スマート農業」の取り組みがもう進んでいます。そういった状況下において、自分たちでどういったところで貢献できるかを考えた結果、「農産物は効率的に作って終わりではない。販売して初めてビジネスになる」と気づいたわけです。

太田:そこで私たちは、生産者の方が自ら値段をつけ、出荷量を決められる「農産物直売所」にフォーカスを当てました。関係者様にお話を聞くと、やはり農産物直売所には課題が山積していて、IT化も進んでいませんでした。

木村:従来の考え方だと、ここで「農産物の出荷数量をカウントする」、「より簡単に買えるネット販売システムを」といった販売に関わる管理や自動化、コストカットの話になるのですが、それで売り上げや利益率がどれだけ上がるかは懐疑的でした。

「今までできなかったことができるようになる」開発をしたかった

つまり、生産者様の所得向上を目指すにあたって必要なのは、コストカットではなく売り上げを伸ばせるシステムだと。

太田:はい。コストカットの視点でのIT化ではなくて、私たちがDX推進の視点で考えた時に「今までになかった新しい付加価値を生み出す」ことができないか、という点に着目していました。「今かかっているコストを抑える」のではなく「今までできなかったことができるようになる」、それによってビジネスが成長するモデルです。そこで私たちに何ができるかというと、農業の専門的な知識が豊富でなくても取り組める「需要予測」ではないかと。

実は農産物の「なにがどれくらい売れそうだ」という予測は、今も多くの現場で、過去の販売実績や経験則、近隣の店舗や市場での価格といったものを総合して、人の判断で行われています。そこをIT技術で最適化できれば、農産物販売に関するさまざまな課題解決につながるのではないかと考えたわけです。このアイディアから、農産物直売所に特化した需要予測サービス「アグリアスエ」のプロジェクトがスタートしました。

「今までできなかったことができるようになる」DX推進、農業に限ったアイディアというよりも、さまざまなビジネスに応用できそうな考え方、取り組み方ですね。「何ができるか」を形にしていくには、時間もかかったのではないですか?

太田:長かったですね。途中で大規模プロジェクトの受注があって、2年くらい中断しているのですが、その中断期間を除いても、最初に「チャレンジさせてください」と宣言してから約3年かかっています。需要予測へたどり着くまでに「何ができるか」のアイディア出しも幾度も繰り返していますし。

木村:自分たちが課題解決できることはないか、なんらかの形で社会貢献できないか……目前のプロジェクトを進めながらも、2人で考え続けていました。なにせ「アグリアスエ」として企画が走り出したのは昨年(2021年)のことでしたから、それまではずっとですね。

太田:でも、「2人で3か月間新規事業に専従して、結果を出してほしい」、「もっと人員を割り振るから、ある程度の期間で結果を出してほしい」と言われる方が厳しいですね。頭数と時間で解決できる仕事ではないことを痛感しました。

木村:既存のプロジェクトにもしっかり取り組みながら、自分が他に貢献できることは何かを考え続けていたからできたことかもしれません。

現場で初めて分かった、システムにとって本当に必要なデザイン

開発にあたって、農業の専門的な知識はさほど必要なくても、「農産物販売」の知識はそれなりに必要だったのではないでしょうか?

太田:はい。そこは生産拠点を持ち、大阪府内に類農園という4店舗の農産物直売所を経営している、株式会社類設計室 農園事業部様に力を貸していただきました。「開発にあたって、まず売り場を知りたいので、農産物直売所の店舗体験からさせていただけませんか」とお願いをしまして、2人で末端の店舗と、それらのハブ拠点となっている大規模店舗、生産拠点での収穫体験をさせていただいたのです。川下(店舗)から川中(ハブ拠点)、川上(生産拠点)を逆流するように実務を経験していって、これらの繋がりを理解できたのは大きかったですね。当初私たちの考えていたような運用方法では、到底実際の流通・販売にはマッチしないことを実感できました。

木村:複数店舗があれば「どの店舗で何がどれだけ売れるか」は当然違います。例えば、郊外にあって車で来店されるお客さまが多い店舗もあれば、都心の駅前で仕事帰りに徒歩で立ち寄られるお客さまが多い店舗もありますから。そんな中で、いつ「どの店舗で何がどれだけ売れるか」を判断すればいいのか。私が当初描いたデザインは、まずハブ拠点に商品をすべて集めて、そこから「A店舗には〇個、B店舗には〇個……」というように仕分けをするものでした。

太田:「予測」は実際の時間に近ければ近いほど精度が上がります。例えば、天気予報は、1週間予報よりも明日の予報、さらに当日朝の予報の方が情報も詳しく、当たりやすくなりますよね。つまり、このケースですと「ハブ拠点から出荷する際に予測する」のが一番販売開始するタイミングに近く、精度が上がると考えたわけです。

木村:ところが、実際の現場ではそんな悠長なことは言っていられませんでした。農産物は収穫した時点から刻一刻と鮮度が落ちていくものですから、物流にかける時間を可能な限り減らせるように、とにかくスピーディーに配送されているのです。物量も重量のある品目も多いですから、システムの画面を見ながら「A店舗に大根〇本、白菜〇個……」みたいなことをしていたら、もう業務が回りません。つまり、もっと川上の、生産拠点から出荷する際にすでに「どの店舗で何がどれだけ売れるか」予測できていて、おおむね仕分けておかないと間に合わないと身をもって知りました。

他にも、農産物直売所では、一つひとつの商品に生産者さんのお名前が入っていますよね。店舗体験をするまでは、あまり意識したことがありませんでしたが、実はリピーターのお客さまが「〇〇さんの作った農産物」を求めていらっしゃる特性ゆえであることがわかりました。

お客さまが生産者のファンになってくれるような良質の農産物を、より鮮度の高い状態で届けることは、価格重視ではないリピーターを増やすことにもつながりますよね。アグリアスエはまさに「コストを抑える」ではなく「ビジネスを成長させる」システムなのですね。とはいえ、金融関係のプロジェクトとのギャップに戸惑うこともあったのではないですか?

木村:「予測」の難しさは実感しています。これまで経験してきたシステム開発は、「このインプットがあれば、このアウトプットが出る」という人間にとって明確な因果関係がある中で、設計して実装する形でした。しかし、アグリアスエの「需要予測」はあくまで「予測」です。寸分違わずその通りになる、つまり「予測精度100%」はあり得ません。例えば「来客数500人」という予測に対して、本当に500人ピッタリなら、むしろレアケースです。実際には495人だったり、505人だったりするため、どれだけ設計、製造、試験をしても予測精度が100%にはならない仕組みを提供する形になります。

それだけに、農産物直売所事業者様の実際の営業状況をベースにアグリアスエのPoC(概念実証)に取り組んだ時は、大きなプレッシャーを感じました。PoCはまず「明日の客数は〇人と予測されています」というお知らせを差し上げて、当日の営業終了後、実績をご連絡いただき、答え合わせをするという内容です。特に販促イベントを実施している訳でもない普通の日にも関わらず、客数が前週と異なる予測が出てきたときは、何度もインプットに誤りがないかを確認しましたし、予測のお知らせを差し上げる手も震えました。まぁこれは、AIアプリ開発をもっと手掛けていけば、これが普通と思えるようになるかなと(笑)。

手を携え、社会課題に真摯に向き合う姿勢はNTTグループ全体に通じる

新規事業を立ち上げて、軌道に乗せていくために、いい意味で周りを巻き込んで進んでいくといったこともあるのでしょうか?

木村:そうですね。自力で賄えない部分が出てきたときは、社内はもちろん、NTTデータグループを頼ることもできますから。例えば、事業企画やシステム開発においてNTTデータ先端技術株式会社の知見を得るために相談するといったことも考えられます。そして立ち上げた事業を展開していく際にも、NTTデータグループが日本全国に構える地域会社の販売力を活かしていけます。

太田:例えば、アグリアスエは2023年4月にマーケットインする予定で、現在はテストマーケティング中なのですが、NTTデータの食農ビジネス企画担当を頼って、テストマーケティングにご協力いただけるJA様を紹介してもらいました。企画、製造、販売、いわば川上から川下までNTTデータグループの総力を使えるところは大きな強みだと感じています。

社会課題に真摯に向き合う姿勢などもグループの中で通底していて、よい協力体制が作れているようですね。日本の食農分野で「アグリアスエ」が活躍して、生産者の方々から消費者の方々まで皆様に喜ばれるのを楽しみにしています。